村中正和の歩み 前編

朝からにぎわう最強の治療院。

「加藤さんとこの息子さんが歯医者になったらしいわ。あそこももう安泰だがね。」
「今は歯医者も大変らしいでねぇ。コンビニより多いって聞くで。」
「コンビニより多いはずがないがね。ねぇ!?先生?」

あいわ鍼灸治療院の外観

「いやぁ。なんかそうみたいですよ。治療するところはみんな大変ですよ。」
ぱっと見たところ、若そうに見える治療家が答える。

あいわ鍼灸治療院 村中

「ここはええがね。流行っとるで。ねぇ、先生。」

「いえいえ。みなさんのおかげです。」

「ここができて私らも助かっとるで。先生若いのに腕がええで。」
「ほんとだわ。腕が悪かったら私ら来んで。ねぇ?」

名古屋の東に位置するエリア・『一社』。朝からにぎわいをみせる場所。

あいわ鍼灸治療院 入り口

自己免疫疾患。不妊。パーキンソン。その他重度の疾患。困難とされるこれらの症例に圧倒的な改善例を誇る鍼灸治療院がある。
ここでは「一人でも多くの人を笑顔にすること」を目標に掲げている。

評判を聞きつけ、遠くは九州や四国から治療のためだけにこの地までやってくる人もいる。

村中正和。 42歳。一社の社台1丁目にある『あいわ鍼灸治療院』院長である。

村中の治療にはこだわりがある。
そこには過去に村中自身が負った心の傷があった。

リストラ宣告。

「ちきしょう・・・・この歳でリストラかよ・・・・」

22歳の時、先輩が続けて二人もリストラにあった。二人ともそこそこ大手勤めだったことに驚いた。

あいわ鍼灸治療院 村中

“勤めるということは、会社の都合で簡単に自分の人生を左右されてしまうんだな”。

工業機械のメーカーで営業として働いていた村中も友人の話を聞きながら、漠然と自分自身の将来について考えていた。

「シン・キューって何だ?」

「友達が就職決まったから、今度お祝い会やるんだ。」
当時仲の良かった女友達と話をしていた時のことだ。村中もなんとなく聞き返した。

「へぇ。どこに決まったの?」
「鍼灸院だって。鍼灸の学校に行ってたから。」
「しん・きゅう・・・?しんきゅうってなに??」
「え?ハリのことだよ。マジで知らないの?」
「・・・・・・・?」

馴染みも縁も全くない『しんきゅう』という言葉。妙に引っかかり、インターネットで調べてみた。
そこには驚くべき内容がたくさん書かれていた。

「こんな仕事があるのか・・・」

中国で紀元前4000年前から存在すること。人の体には経絡と呼ばれるツボが360個所もあること。
痛みや病気がこの鍼と灸だけで治せること。そして多くの人々からの『鍼で救われた』の声の数々・・・・・

“自分で実際に体験してみたいな。怖そうだけど・・・・・”
興味が抑えられなくなった村中は鍼灸院で実際に治療を受けることにする。
学生時代、サッカーをやっていたときからずっと残っている膝の違和感がこの『鍼』で治るなら凄いと思った。
調べると、家の近くだけで「鍼灸」と名の付くところは7件もあった。

なぜ?痛くない!?

そのうちの1件に向かう。実物の鍼を見た。思っていたものとは全然違う。太い。いや、太いと思ったものは筒で、どうもその中に鍼は隠れているらしい。
初めて目にした鍼は細かった。細さは髪の毛ほどの0.18ミリだという。

「鍼は初めてですか?痛みはありませんから安心してくださいね。」

初老の男性鍼灸師が言った。村中にとって初の鍼治療はまさに驚きの連続だった。
チクリともしない。まるで痛くない。尖ったものが確実に自分の体に数センチも入っているのになぜだ?・・・・・

「終わりましたよ。」
楽になったような気はするが、まだわからない。この日はまだピンとこないまま、狐につままれたように鍼灸院を後にした。

※症状の改善には個人差があります。

「俺、決めた!!」

翌日のことだ。地下鉄の駅の階段を上っているときにふと感じた。

「・・・・あれ?俺、痛みなく普通に歩いてるじゃん・・・・」
そして次の瞬間、

「!!!!・・・・・・ハリだっ!!!!」

驚いたなんてものではない。とんでもないものに出会った、そう思ったからだ。
“これが鍼か・・・・” 自分の体がその凄さを今、感じている。

「決めた!俺は鍼灸師になる!!」

4年半続けた営業の仕事をあっさりと辞めた。資格を取るにはまず学校だ。
退路を断つため、友達も全くいない東京の専門学校に行くことにした。
やるときは極端だなと自分でも思った。直感だけだった。
親に相談すると、

「反対はしないけどお金は出せないよ。自分でなんとかしなさい。」

最初からそのつもりだった。今までまるで貯金しなかったことを悔いたが仕方がない。まずは貯金だ。
携帯電話販売店の新規客獲得営業のアルバイト。営業出身だけに売上も良く、多い時は月に50万以上稼いだ。

半年集中して働き、どうにか150万貯めた。学校も決まり、これでようやくスタートできる。

ないないづくしの東京。

引越当日。
レンタカーに家財道具一式を積み込み、東京の渋谷区に借りた狭いワンルームに向かう。

日当たりはゼロ。家賃が安いとこんなもんかと思いながら急いで荷物を降ろし、名古屋で借りたレンタカーを新宿駅にある営業所に返しに行った。

新宿駅の南口。明るすぎるネオンと、駅の雑踏。家路を急ぐ人々。そこで初めて猛烈な孤独感が襲ってくる。

『ここで暮らしていくんだな・・・今から学生か。知ってる人は誰もいない。一人ぼっちで大丈夫かな、俺・・・・』
そんな風に感じたのを覚えている。

帰った部屋はなぜか電気が点かない。真っ暗の中、テレビを繋いで視ようとした。

「あ・・・リモコン忘れた・・・・」
テレビも点かない。仕方がないから布団を出して早々と寝た。

「・・・・・友達ない。仕事ない。・・・・・電気もない・・・か・・・・。」

この夜のことは一生忘れられない。

腰痛が良くなった!?

治療院でのアルバイトも決まった。
授業は毎日、朝から夕方までびっしり詰まっている。

夜、自分の体で実験しようと学校で習った通りに自分で自分の体に鍼を刺してみた。

「イテっ!!」
なぜだ?あそこで刺されたのは痛くなかったのに・・・・

毎日毎日、鍼を自分の体に打った。その数多い時は1日100本。
そのうち痛みは全くなくなった。
驚いたことに、足に打った鍼の反射でその頃気になっていた腰痛が治った。

「おおっ!!・・・・ホントなんだ・・・・」 気付きがあれば、一人で嬉しくなった。

※症状の改善には個人差があります。

最恐の患者!

「肩が痛むんだ。何とかしてくれや!」
あるとき、バイト先の治療院にやってきた患者。

見た目の怖さとあまりの迫力に、どうしようかとひるんだ。
当然だった。その界隈では有名なヤクザの親分だったからだ。

「はい。わかりました。どうぞこちらへ。どんな感じの痛みですか?」
院長が痛い部分と症状を訪ねる。

「痛みで眠れなくてよ、起きたら起きたですぐに痛いんだよ!」
「そうですか、じゃあ服を脱いで横になってください。」

村中は背中一面の鯉の滝登りの入れ墨を見てドキドキしながらも、顔色一つ変えずに鍼を打つ院長に見入った。
”凄い、こんなふうにならなきゃいけないな”と気を引き締めた。

「先生ホントにありがとうな。楽になった気がするわ。しばらく様子を見るわな。」
「お大事にしてくださいね。」
親分は喜んで機嫌よく帰っていった。

「村中くん、ちょっと。」 後日、院長に呼ばれた。
「この前の患者さんね。『肩が相当ラクになった。調子よくなったぞ』って言ってね。お礼って言ってこれが届いたから。好きなだけ持って行っていいよ。」

そこには缶ビールがなんと10ケース。院長がしみじみと言った。

「どんな人だろうと、苦しんで頼ってきてくれる限りはうちの患者さん。一生懸命仕事してお礼を言われるって、いい仕事だと思わない?責任も重いけど、僕はこの鍼灸っていう仕事が本当に好きなんだ。」
「そうですね。僕も素晴らしい仕事だと思います。」

「君が選ぼうとしている仕事はね、そういう仕事なんだよ。」
「はい!頑張ります!」

 

村中は自分の未来を思い、たまらない気持になった。自然と何かが込み上げてくる。一日も早く、鍼灸師になりたいと思った。
今でも忘れられない思い出だ。

卒業。さあ、就職だ!

順調に学校は卒業へ。猛勉強の末、鍼師・灸師の国家資格にも合格。
自分に自信も出た。就職先は当然、鍼灸院を探した。

『何年か働いたら、俺も自分で治療院ができるかな?』
そんなことを一人、考えていた。

惨憺たる自分自身。

「バカ野郎!!どけっ!グズグズするな!!」
「はいっ!す、すみませんっ!」

鍼灸専門学校を出て、卒業生でもある大先輩の治療院に運良く就職できた。
しかし、そこで待っていたのは惨憺たる自分自身との対面だった。

「おい村中ぁ!これを見ろっ!」
ある日、院長が指差した棚の上。目で見てもはっきりわかる埃があった。

「指貸せ。」
院長は村中の指でその埃をなぞるようにすくいあげ、その指を村中の頬になすりつけた。

「いいか?こんな汚れにも気付かないような奴が、患者さんの繊細な治療なんかできるのか?・・・・できるはずないよな?違うか?」
「すみませんっ!すぐやります!」

この院長の厳しさはかつて味わったことのないものだった。アルバイト時代とは違う。
村中は毎日、折れそうな心と必死で闘っていた。

「ふざけんな!お前、いったい・・・・ 」

忙しすぎる治療院だった。激務に次ぐ激務。毎日毎日怒られっぱなし。元々細い体は半年で体重が5キロも落ちた。
休みの日は洗濯等の家事や日々の勉強に追われた。遊ぶことも全くできない。とにかく追いつめられる毎日。

「おまえみたいなのが治療家になるから俺ら治療家の地位が上がらねえんだよ!!」

悔しかったが、言われたことができないのは確かだ。
昼食を摂る間もなく、追い立てられるような日々の中、黙々と治療を続けたがそんな時も容赦なく雷は落ちた。

「おいっ!おまえな、治療家は治療だけすればいいってもんじゃねえぞ!」
「え?あ、はい・・・」

「治療家はな、患者さんに寄り添って希望を与え、痛みが和らいだら共に喜び、治るまで心と心のつながりと信頼関係を築かなきゃ駄目なんだよ。おまえは何だ?今言ったことが一つでもできているのか?・・・・お前、いったい何がしたいんだよ!?」
「すみません!!」

院長の言うことは全くの正論だった。
日々の忙しい治療に猛殺され、数をこなすことが重要と思ってしまっていたことは否定できなかった。

『俺、いったい何のために鍼灸師になったんだろう・・・・』
心の余裕が全くない中で夜、部屋で一人涙を流す。そんな日々が続く。

あいわ鍼灸治療院